鹤冈路人「英国“回归亚洲”——会带来什么、有何值得期待?」『星洲日报』(2020年9月17日)
URL: https://www.sinchew.com.my/content/content_2344336.html
マレーシアの中国語紙『星洲日報』に、英国の「アジア回帰」について寄稿。日本語オリジナル原稿は下記。
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(日本語オリジナル:未公刊につき無断引用禁止)
英国の「アジア回帰」――何をもたらすか、何を期待するか
鶴岡 路人(慶應義塾大学准教授)
今年1月末にEUを離脱した英国は、「グローバル・ブリテン」との標語の下に、欧州以外との関係の強化をはかっている。そこで重視されているのが、地域としての重要性が増すアジアへの関与強化であり、それは英国の「アジア回帰」といってもよい。以下では、英国側の事情を踏まえ、その受け手であるアジアにとっての論点を考えたい。
EU離脱後の関係強化の主たる対象として当初想定されていたのは米国だったが、自由貿易協定(FTA)交渉を含め、「米国第一」のトランプ政権との関係強化は進んでいない。その結果、アジアとの関係の優先順位が上昇した。日本とのFTA交渉は近く合意される見通しである他、豪州、ニュージーランド等との交渉が始まっている。その先に目指されているのはCPTPP(11カ国による環太平洋パートナーシップ)への参加である。
外交・安全保障面の関与も拡大の方向である。英国政府は目下、外交・安全保障・防衛政策の統合レビューを行っており、そこでキーワードの一つは、「インド太平洋傾斜(tilt to the Indo-Pacific)」である。近く就役する英海軍の新型空母「クイーン・エリザベス」は、初の遠洋ミッションでアジアへの展開が予定されている。さらに、2隻就役する空母のうち1隻をアジアに常駐させる案も報じられている。
ただし、EU離脱や新型コロナウイルスの感染拡大にともなう経済的損失を受け、今後、インド太平洋への政治的・軍事的関与にどこまでリソースを割くべきかについては、英国内でも厳しい議論が行われるだろう。その意味で、アジア回帰の行く末はまだ分からない。
他方で、英国の回帰を受け入れる側のアジアで、それをいかに捉えるか、何を懸念し、何を期待するかについての議論は深まっていない。これの状態は望ましくない。アジアの側からもしっかりと意思表明をする必要がある。主要な論点は以下の3点である。
第1に問うべきは、米中関係に照らしての英国の立ち位置であろう。南シナ海などでの中国の動きがより強硬になるなかで、東南アジア諸国にとっても、域外の主要国の関与を引き出すことは、中国に対する戦略的メッセージになる。他方で、米国の圧力も避けたい。米中対立に巻き込まれたくないと考えるのは自然である。
では英国は、米国と同じ立場なのか。米国に代わって「どちらを選ぶのか」を強制するだけなのか。米国と異なるとすれば、どのような点においてそうなのか。現実の米英間には、共通点と相違点がともに存在しており、アジアの側はそれを見極めることが求められる。
第2に、英国のアジア回帰において、価値を共有し、ともに米国の主要同盟国である日本や、歴史や文化、言語を含めて伝統的なつながりのある豪州が柱となるのは自明である。ただし、アジア太平洋であってもインド太平洋であっても、地理的に重要な場所に位置するのは東南アジアである。日本と豪州のちょうど中間である。これが意味することは、東南アジアと連携しない限り、英国のアジア回帰は完結しないという現実である。東南アジアの側から、英国に対して、この点をリマインドし続ける必要がある。
第3に、上記の2点を踏まえ、英国のアジア回帰を、アジア側として、いかに主体的に使うことができるかが重要である。政治・安全保障面では、中国の強硬姿勢に抵抗する際、米国(や日本)以外にも関心を有する主要国が存在することの意味は小さくない。経済面では、コロナウイルス危機を受けて、グローバルサプライチェーンの多角化、より端的には脱中国依存が世界的な重要課題になっている。アジア諸国とのFTAやCPTPP加盟に関しても、多角化は英国の主要な目標の1つである。これは中国以外のアジア諸国にとって大きなチャンスになり得る。
こうした具体的な経済利益から、米中対立を踏まえた戦略的視点まで、英国の方針に反応するのではなく、アジアの側から発信していくことが、今後はこれまで以上に求められている。英国のアジア回帰は、英国のものであると同時に、アジアのものである。
(2020年9月6日脱稿)